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    歴史ニュース

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    1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/04/11(火) 19:10:00.99 ID:XjZIQA0V0
    直虎_死亡
     
     NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の主人公・井伊直虎について、永禄11(1568)年に討ち死にしたことなどが
    追記された古文書が見つかったと、井伊美術館(京都市東山区)が発表した。

    同館によると、古文書は、井伊家の家臣だった河手家(かわてけ)の子孫がまとめた「河手家系譜」。

     この中の文政13(1830)年に書かれたページで、河手家の人物を紹介する文章の行間に、墨字で「井ノ直虎は幼かったので河手が補佐した」と追記。
    この「井ノ直虎」の隣に「次郎也」と朱色の文字が付け加えられていた。

     次の行には、墨字で「永禄11年の駿河崩れの時、落ち延びる直虎が討ち死にした」として、今川家滅亡のきっかけとなった徳川家康らの今川領侵攻で
    直虎が討ち死にした、と書かれていた。直虎は文献から一般的に、天正10(1582)年に井伊谷(静岡県浜松市)で死去したとされていた。
    http://www.sankei.com/west/news/170411/wst1704110057-n1.html



    4: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/04/11(火) 19:11:26.24 ID:XjZIQA0V0
    ドラマどうすんねやこれ・・・



    6: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/04/11(火) 19:11:45.25 ID:/M/qMQkF0
    まぁフィクションやから・・・



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    1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/02/28(火) 14:41:14.74 ID:Xa0zRQbw0
    no title
     
    テレビ東京の鑑定番組「開運!なんでも鑑定団」で、徳島市の男性が所有する陶器が世界で4点目の「曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)」と鑑定され、
    真贋(しんがん)論争が起こっている問題で、この陶器を奈良大が成分分析した結果、18世紀以降に開発された化学顔料はほぼ検出されなかったことが27日、分かった。
    番組での鑑定結果に異論を唱えていた専門家は、中国の模倣品と斑紋が酷似していることを理由に「化学顔料が使われている」と訴えていたが、その主張を覆す結果となった。

    陶器の成分分析は、所有者の橋本浩司さん(57)=徳島市明神町1、
    ラーメン店店長=が2月22日に奈良大の魚島純一教授(保存科学)に依頼した。

    魚島教授は、物質に含まれる元素を検出する蛍光X線分析装置を使い、茶碗表面の色ごとにX線を当て、元素の種類と量を調べた。
    その結果、アルミニウムなど10種類の元素が検出されたが、化学顔料に使われる元素は発色に影響を与えない程度のごくわずかな量しか出なかった。

    魚島教授は「どの色にX線を照射しても、ほぼ同じ成分が検出され、使われた釉(ゆう)薬(やく)は1種類とみられる。
    この結果が出たことで偽物とは断定できなくなった」と話した。

    分析を依頼した橋本さんは「科学的な根拠が持てて納得できた」と言っている。

    一方、陶器は化学顔料が使われた模倣品だと主張していた曜変天目研究家の陶芸家・長江惣吉さん(54)=愛知県瀬戸市=は、
    今回の分析結果について「これだけでは真贋は分からない。
    正確な分析に欠かせない器の洗浄が行われておらず、分析方法に疑念も残る」と話した。

    沖縄県立芸術大の森達也教授(中国陶磁考古学)は「南宋時代(12~13世紀)の中国・福建省で作られた陶器の成分と比較するなど、総合的な検証が必要。
    今回の調査で本物とは判断できない」と話した。

    番組は昨年12月20日に放送され、橋本さんは、曽祖父が戦国武将・三好長慶の子孫から購入したという陶器を出品。
    曜変天目茶碗と鑑定され、専門家から異論が出ていた。
    http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/02/2017_14882573150769.html



    2: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/02/28(火) 14:42:01.32 ID:+Ipai7uMa
    やったぜ



    6: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/02/28(火) 14:42:34.48 ID:fK/0K2we0
    ワイは信じてたで



    【鑑定団の曜変天目、成分分析で本物の可能性が高くなる】の続きを読む

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    1: ファイヤーボールスプラッシュ(新疆ウイグル自治区) 2016/05/24(火) 12:17:55.70 ID:OFhGAK750 BE:532994879-PLT(13559) ポイント特典
    neko_g32

    古代、猫は「女神」だった! 日本では貴重な猫はつないで飼育?

     今、空前の猫ブームなのだという。今年1月の発表によると、犬の飼育頭数約992万頭に対して猫が約987万頭と肉薄。
    ナンバー1ペットの座を覆す勢いだ。そんな猫と私たちはどんなふうに関わってきたのだろう。

     猫と人間のつきあいは古代エジプトの時代に本格化した。イエネコの祖先はリビアヤマネコとされ、 早稲田大学教授の近藤二郎さん(エジプト学)によると、猫は鳴き声から「ミウ」と呼ばれたという。

     紀元前10世紀ごろ、猫は女神として崇拝されるようになる。大祭には70万人が集まったという記録も。
    「猫は聖なる動物でした。このため、ミイラにされ、専用の埋葬所に葬られたのです」と近藤さん。猫を飼う習慣は、 やがてギリシャ人の手で世界へと広がる。

     日本最古のイエネコの骨は「魏志倭人伝」にも出てくる一支国の推定地、長崎県カラカミ遺跡出土の弥生中期(紀元前3世紀)のもの。
    国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)はこの骨を検討して親子猫の生体模型を製作。2018年に常設展示で公開する。
    模型は母猫が白黒ぶち、子猫がキジ白。「当時は愛玩動物というよりネズミから穀物を守る益獣だったのでは」と同館副館長の藤尾慎一郎さん。

     日本最古の猫の絵とされるのが平安時代の「信貴山(しぎさん)縁起絵巻 尼公巻(あまぎみのまき)」(22日まで奈良国立博物館で公開中)の黒白猫だ。
    一方、守護大名・河野氏の居城だった湯築(ゆづき)城跡(松山市、国史跡)からは猫の足跡つきの16世紀の皿が出土した。
    「乾かしている時に猫が歩いたのでしょう」と愛媛県埋蔵文化財センター調査係長の柴田圭子さん。

    以下ソース
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160524-00010000-sippo-life




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    1: 野良ハムスター ★ 2016/05/13(金) 21:33:30.18 ID:CAP_USER*
    オーストラリア国立大学の考古学者たちが、世界最古の斧の断片を発見した。雑誌Australian Archaeologyに掲載された。

    斧は、西オーストラリア北部キンバリー地域で発見された。

    この斧は4万6000年から4万9000年前のものとみられており、その頃オーストラリアに最初の人々が住み始めた。

    斧は木の加工あるいは槍として使われていた可能性が高いという。

    no title

    http://jp.sputniknews.com/science/20160513/2128105.html



    4: 名無しさん@1周年 2016/05/13(金) 21:36:28.94 ID:hCOB6vJv0
    >槍として使われていた可能性が高いという。
    槍じゃね?



    2: 名無しさん@1周年 2016/05/13(金) 21:33:55.31 ID:Jsq66DbG0
    oh no



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    1: リサとギャスパール ★  2016/05/13(金) 20:55:15.18 ID:CAP_USER*
     一連の地震で大きな被害を受けた熊本城で、崩落した石垣の石から戦国時代に彫り込んだとみられる観音菩薩が見つかり、インターネットで話題になっています。

     熊本城で地震の被害があった石垣53か所のうち、北大手櫓門跡では、石垣が隣接する「加藤神社」の境内に崩れました。
    神社の宮司が被害を確認したところ先月24日、石に彫り込まれた観音菩薩を見つけました。
    観音菩薩は、背丈が40センチほどで、後光が差し、ハスの葉の上に乗っている様子が描かれています。
    熊本城調査研究センターによりますと、この観音菩薩は、戦国時代に一般の人たちが先祖を供養しようと、「板碑(いたび)」と呼ばれる板状の石碑に彫り込んだものだということです。
    その後、江戸時代に、熊本城の石垣を造る際、急いで石を集めたために、身近にあった板碑を石垣の石に転用したものとみられ、およそ400年の時を経て今回の地震で出現したのではないかということです。
     
     発見した加藤神社の湯田崇弘宮司は、フェイスブックを通じて「永い時を経て現れたこの観音様に思いをはせると胸が揺さぶられる」と思いをつづり、13日までの3日間に1600人以上の反響がありました。
    湯田宮司は「地震の被害が大きく、悲しいことばかりでしたが、観音様を見て自然と手を合わせました。私たちのことをこれからも見守ってくれると思います」と話していました。
    熊本城調査研究センターの美濃口雅朗主幹は、「期せずして熊本城が造られる前の歴史をかいま見ることができる資料が見つかりました」と話していました。

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    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160513/k10010519781000.html?utm_int=all_side_ranking-social_001
    5月13日 17時00分

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